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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)11885号 判決

原告 株式会社三星商店破産管財人 荻野定一郎

被告 飯島敏夫

主文

被告は原告に対し金二十六万六千六百六十六円及び之に対する昭和三十年一月二十三日より右完済に至る迄年六分の割合による金員の支払をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分しその一を被告の負担としその余を原告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告に於て金十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

一、請求の趣旨

被告は原告に対し金五百六十万円及び之に対する昭和三十年一月二十三日より右完済に至る迄年六分の割合による金額の支払をせよ訴訟費用は被告の負担とするとの判決及び仮執行の宣言を求める。

二、請求の原因

東京都中央区日本橋橘町九番地株式会社三星商店(以下破産会社と称する)は雨具ビニール製品の製造販売をなす会社であつたが、営業不振となり昭和二十八年八月五日支払停止をなし、同月二十八日破産宣告の申立同二十九年一月十八日破産宣告を受け、原告はその破産管財人に選任された。被告は別紙目録〈省略〉記載の家屋(以下本件家屋と称する)の所有者であり、昭和二十六年七月二十六日訴外外山英雄に権利金を取つて賃貸していたが、破産会社は設立と同時に本件家屋の階下の中道路に面した約三坪を被告承認の下に訴外人より転借し、その後被告の承認を得て二回に亘り転借面積を広げ、更に昭和二十七年三月頃被告の承認を得て本件家屋を全部転借するに至つたその後昭和二十八年五月破産会社は本件家屋全部を被告より直接期間の定めなく賃料一ケ月金四万円にて賃借し、権利金として被告に対し金五百六十万円を支払うことになつたが、被告は前賃借人外山英雄に金三百万円を支払つて本件家屋より退去させてこれを原告に引渡すべき義務があつたので、三者間の契約に基き、原告は被告のために外山英雄に直接金三百万円を支払い、被告には金二百六十万円を支払つたところ、破産会社は同年八月七日被告との間に右賃貸借契約を合意解約し、同日本件家屋を被告に明渡した。

(一)  原被告間には当初契約締結の際賃貸借が終了し家屋を被告に返還する場合には、被告は賃借権の時価を原告に支払う旨の特約がなされた。よつて被告に対し右特約に基き昭和二十八年八月当時の賃借権の時価金五百六十万円の支払を求める。(二) 仮に右特約がないにしても、本件家屋の所在地である中央区日本橋馬喰町附近に於ては、所謂権利金を支払つて不動産を賃借した場合には賃貸人は如何なる理由によりその不動産を返還する場合にも賃借人に対し賃借権の時価を支払わねばならない慣習がある。よつて被告は原告に対し本件家屋の賃借権の時価五百六十万円を支払うべき義務がある。(三) 仮に然らずとするも、所謂権利金は借賃の前払たる性質を有するので、賃借期間に応じてその金額が定められるものであつて期日の途中に於て賃貸借が終了した場合には、金額を按分し残存期間に相当する額を返還すべきである。本件に於ては期間の定めがないのでその存続期間は民法所定の二十年と考えるべきであるから権利金五百六十万円を右期間に按分し昭和二十八年五、六、七、八月分を差引いた残額は五百五十万六千六百六十八円となるから被告は明渡を受けると同時にこれを返還すべき義務があつたのである。(四) 仮に然らずとするも、権利金は使用の対価である借賃以外の場所的利益に対する対価であると解すべきであるとしても、権利金の額は当然その場所的利益享受の期間に応じて定められるのであるから、期間中途に於て賃貸借が終了したときは金額を按分し残存期間に相当する金額を返還すべきである。よつて被告は(三)同様の金額を返還すべき義務がある。(五) 仮に然らずとするも、破産会社は階上階下各九坪に過ぎない本件家屋の無期限賃借に際し被告に対し金五百六十万円の権利金を支払つたにも拘らず、賃借後僅か三ケ月で賃貸借は終了し家屋は明渡された。右金員は無期限賃借の目的で出捐されたものであるから、僅か三ケ月で賃貸借が終了した以上予期された出捐の目的が不到達に終つたものと言うべく、破産会社の出捐は法律上の原因を欠き被告は右金額相当の不当利得を得たものである。被告は右金員の中賃借期間を民法所定の二十年として明渡後の期間に按分された前記五百五十万六千六百六十八円については法律上の原因なくして得たものであることを知りながら今日までその返還をしない。よつて原告は金五百六十万円及び之に対する訴状送達の翌日たる昭和三十年一月二十三日より完済に至る迄年六分の割合による損害金の支払を求める。

三、答弁の趣旨

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求める。

四、答弁事実

原告主張の事実中株式会社三星商店の営業目的、被告が本件家屋を所有していること(但し建坪三十六坪である)昭和二十三年頃外山英雄に賃貸したこと、昭和二十八年五月中三星商店に賃料一ケ月四万円にて賃貸したことは認めるがその他は否認する。被告は権利金を受領したことはない。三星商店は昭和二十八年六、七月分の支払をしなかつたので、被告は昭和二十八年八月五日附にて十日以内に支払を催告し若し支払わないときは契約を解除する旨の通知を発したところ、右通知は翌日到達したのに支払がなかつたから、同月十六日契約は解除となり三星商店は事業の不振により同月二十日頃明渡したものであるので、原告の請求に応ずることはできない。

五、証拠〈省略〉

理由

一、被告がその所有に係る本件家屋を昭和二十八年五月中三星商店に賃貸したことは当事者間に争がない。

二、そこで原告主張のような権利金の授受があつたかどうかを按ずるに、成立に争のない乙第一号証真正に成立したと見るべき乙第三、四号証と証人二村鐐次、外山英雄、瀬戸文治、白井隣三、二村美佐子の証言を綜合すれば雨具ビニール製品の製造販売を目的としていた株式会社三星商店は本件家屋を昭和二十三年頃より賃借人外山英雄より転借して来たが、同二十八年五月から被告より直接賃借することにより、その際同商店は権利金を支払うことになり、百万円の小切手を被告に振出したがその一部(乙第三、四号証)七十万円は不渡となり結局三十万円だけ支払となつたこと、同商店は外山英雄に対して有していた売掛代金二百七十五万円の債権と現金二十五万円を以て外山英雄の借家権譲渡の対価としての権利金の支払に充当し三百万円の支払をなしたことを認めることができる。然しその他に三星商店が被告に対し金三百万円又は金百六十万円を権利金として支払つたことを認めるに足る証拠はない。右認定に反する甲第二号証の一、二の記載は右証拠と対照し措信できない。

三、そこで右金三十万円の権利金を三星商店に於て被告に対し返還請求できるか、どうかを検討するに、右権利金については賃貸借が終了し家屋を返還する場合には返還するという特約が当事者間に成立したとか、又は返還するという慣習の存在についてはこれを認めるに足る証拠はない。然し本件権利金の性質については原告主張のように借賃の前払と見るべき証拠はなく、右証拠によれば一般の例による建物の場所的利益に対する対価と見るべきであるところ、賃貸借の期間が定められているからその期間についての対価と目すべきであるので、期間の途中に於て賃貸借が終了したときは反対の事情の認められない限り権利金を按分し残存期間に相当する金額の返還をなすべきものと解するのを相当とする。本件に於ては成立に争のない乙第一号証によれば、賃貸借の期間は三年であつたことを認めることができるから賃貸借の継続した昭和二十八年五月より八月(八月中に賃貸借が終了したことは当事者間に争がないものと見られる)の四ケ月に按分した金額を右三十万円より控除した残額金二十六万六千六百六十六円(円以下切捨)を返還すべき義務あるものとする。なお三星商店が破産宣告を受け原告がその破産管財人に選任されたことは当裁判所に於て明かな事実である。よつて原告の請求は右残額及び之に対する訴状送達の翌日たること記録に明かな昭和三十年一月二十三日より右完済に至る迄年六分の割合による損害金の支払を求める部分に於てのみ理由あるものとし、その余の請求を理由ないものとして排斥し、訴訟費用につき民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し、主文のように判決する。

(裁判官 真田禎一)

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